読書の秋3『絵はだれにでも描ける』谷川晃一著、日本放送出版協会、2003年。

◯「読書の秋」をはじめて3冊目、調子がでてきました。今回は、昨日から読み始めた『絵はだれにでも描ける』です。これは先日、三鷹に見にいった谷川晃一さんの著書です。1日ですらすら読めてしまう文体はさすがです。

ぼくは「著書名」に魅かれて、購入しました。(アマゾンでは中古で1円で入手できます!わお~、ですね)。というのも、美術教育の世界は、いまだに「うまい・へた」という価値観がおおっているからです。今年は、いろいろなところに実技研修の講師にもでかけたのですが、やはり、先生方の頭の中は、この「うまい・へた」が、はびこっているようでした。身近にいる先生方も「自分はへた。絵は苦手。」と思っている方が多いようです。(その逆もまた困ったものです。大人の描き方を子どもに強制してしまうからです。)

美術教育も教師も、こうした価値観や既成概念で、子どもの絵や表現をみるならば、子ども本来の表現の楽しさや面白さに行き着かず、むしろ、子どもたちのなかに、苦手意識や図工嫌いを再生産してしまうのではないかと思います。これはゆゆしき事態です。

本書は「絵なんて描けない」と思っている大人たちのその概念を覆し、またさらに、つまらない技巧で凝り固まったアートとは別の、素朴で、シンプルで、生命力があり、ユーモアのある、そして不思議なアートの世界に導いてくれるのでした。

谷川さんの絵の方法は、技巧的な「写実」に向かうのではなく、形と色を通じて、自己の中にあるイメージを引き出すことに向かいます。それは、思いつき、偶然を生かす方法でもあります。失敗さえも、ヒントになります。

NHKのTV講座では、絵の苦手な大人の生徒を相手に、「誰にでも絵が描ける」ことを実証してしまいます。絵は、本来、その人の中にあるのであり、既成概念や固定観念をとりはずすことで、誰もが絵を描けるのでした。

さらに、独学で、自分の思いから独創的な表現をおこなったアーティストたちがいて・・・彼らは、ナイーブ・アート、フォークアート、アール・ブリュト、アウトサイダーアートなどと今日呼ばれていたりするわけですが・・・彼らの、魂に触れるような表現のすばらしさを紹介してくれます。

谷川さんは「あとがき」で「おそらく明るい絵を描くことは、私たちの魂の健康にとって根源的に必要なことなのだ。」「絵を描くということは、描いた絵を他人に見せたいとか、ほめられたいとか、画家になりたいということ以前に、心身を元気にするというすばらしい効用があるのである。」(P186、187)と述べています。確かにそうです。美術教育の本来のねらいもここにあるのではないでしょうか。たんに、技術を注入することではないのです。

本書を作るにあたって谷川さんは、繰り返し、ビル・トレイラーの画集を眺めたそうです。そして、次のように述べています。

「ビルは十九世紀の中頃にアラバマの農場で奴隷の子として生まれ、奴隷解放運動によって自由になり、靴工場などで働いていたが、1939年の春、八十五歳を過ぎて突然、絵を描き出した黒人アーティストだ。生活保護を受けながらホームレス同様に暮らすうちに、リューマチになり、動けなくなったが、絶望的人生の中で、拾った鉛筆やボール紙と棒切れの定規で絵を描くことをはじめ、あたたかなユーモアにあふれる素朴な人物や犬や馬などを描いた。彼はだれに習うこともなく。影絵のようなユニークな描き方を一人で考案し、夢中になって描いた。三年間で千五百枚も描いたという。ビルは絵を描くという喜びを見つけたのだ。彼の絵からそのはじけるような喜びが伝わってくる。私は、絵は誰でも描けるだけではなく、無心に明るい絵を描けば、ビル・トレイラーのような幸福な境地になれると信じながら本書を書き進めた。」(P189)

ぼくも「絵はだれにでも描ける」と思います。


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表紙。『絵はだれにでも描ける』谷川晃一著、日本放送出版協会、2003年。

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裏表紙。略歴。

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ビル・トレイラー/画
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ビル・トレイラー/画





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